大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)155号 判決 1974年4月17日

原告

株式会社小倉屋昆布店

右代表者

山崎定彦

原告

日本乾燥塩昆布商工業協同組合

右代表者

松本政雄

原告

広川雅市

右三名訴訟代理人弁護士

松本重敏

外四名

被告

大博昆布株式会社

右代表者

高垣信輝

右訴訟代理人弁護士

山口伸六

弁理士

三枝八郎

主文

原告らの請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告らの連帯負担とする。

事実

<前略>

一  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和三十四年六月二十日特許出願、昭和三十六年六月二十六日登録にかかる、発明の名称を「乾燥昆布の加工法」とする特許第二七八、七五三号の特許権の共有権者であるところ、被告は、原告らを被請求人として、昭和三十九年十二月二十三日、本件特許の無効の審判を請求し、昭和四〇年審判第一号事件として審理されたが、昭和四十三年九月二十七日、「本件特許は、無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、同年十月二十三日、原告らに送達された。

二  本件特許発明の要旨

両耳、裾を除いて整棄した昆布を截断し乾燥状態のまま鍋の中にある醤油、砂糖、味醂のような配合調味液に入れ、強火で約一時間、中火で約三時間、とろ火で約二時間煮詰めた後密閉して蒸し込み、次に余分の調味液を分離して低温にて乾燥し、これにグルタミン酸ソーダ、塩化ナトリウム、繊維素ゴリコール酸ソーダの微紛末をまぶし含浸乾燥することを特徴とした乾燥昆布の加工法。

三  本件審決理由の要点

本件特許発明の要旨は、前項掲記のとおりであるところ、本件審判請求人を原告、被請求人らを被告とする大阪地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三、九九七号通常実施権確認請求事件および同年(ワ)第四、四七四号反訴事件につき、昭和四十一年十一月二十一日、右請求人が先使用による通常実施権を有することを確認する旨の判決の言渡があつたが、右請求人が、本件特許の出願日前善意に実施していたという昆布の加工法とは、「川汲産、尾札部産等の一級品の昆布を、その折目部分のみ水または酢でさつとしめらせたうえ、両耳、裾を除いて肉質部のみとし、これを角形に截断し、乾燥状態のまま鍋の中にある調味液(昆布十五kgにつき醤油約21.6l、砂糖約4.2kg、味醂約0.9l、水約3.6lの割合)に入れ、薪の強火で約二時間、中火で約二時間、とろ火で約一時間三十分の順序で時々攪拌しながら煮詰めた後、そのまま密閉して約二時間蒸し込み、次にこれを籠にあげて調味液を分離してから炭火乾燥器に入れて乾燥し、かようにして乾燥したものを、味の素(グルタミン酸ソーダ約七十%)、食塩(塩化ナトリウム約三十%)、艶出し糊料(繊維素グリコール酸ソーダ少量)の混合微紛末で、昆布一kgにつき百gの割合でまぶし含浸させて乾燥昆布を作る方法」以下「引用方法」という。)である。

そこで、本件特許発明と引用方法とを比較すると、本件特許発明は、強火で約一時間、中火で約三時間およびとろ火で約二時間煮詰めるに対し、引用方法では、強火で約二時間、中火で約二時間およびとろ火で約一時間三十分煮詰める点で差異があるにすぎない。そして、この唯一の差異点についても、本件特許明細書第四頁十一行ないし十三行の火力の定義によれば、強火とは摂氏三百四十度ないし三百六十度の加熱、中火とは摂氏二百七十度ないし二百九十度の加熱およびとろ火とは摂氏百七十度ないし百九十度の加熱を意味し、同じ火力でも摂氏二十度の許容温度の巾があるから、三十分ないし一時間にすぎない加熱時間の差異のごときは、無視できる程度と認めることができる。してみれば、本件特許発明と引用方法とは、実質上同等な方法に帰着するものと認めざるをえない。しかして、前記大阪地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三、九九七号および同年(ワ)第四、四七四号事件における昭和四十一年三月十四日の第八回口頭弁論調書に添付された、証人Mの尋問調書の「Mは、昆布製品の製造販売を行う同業者であつて、本件審判請求人会社の代表取締役であるTより、昭和二十四年頃、引用方法につき教えを受け、かつ、工場にて同方法を実習した。」旨の供述、同口頭弁論調書に添付された証人Nの尋問調書の「Nは、昭和二十九年五月頃から昭和三十四年四月頃まで、本件審判請求人会社に勤務して、昆布製品の製造販売に従事し、引用方法を知悉している。」旨の供述および同事件の昭和四十一年九月二日の第十一回口頭弁論調書に添付された、証人Yの尋問調書の「Yは、昆布加工業者であつて、昭和二十四年頃、Tより引用方法を伝習し、昭和二十五年頃よりYの経営するY昆布店にて、本件審判請求人会社の下請として引用方法を実施するとともに、一部自家販売もしている。」旨の供述によると、引用方法を知悉するこれら証人が第三者に対し、引用方法を秘密にせよとか、引用方法は秘法であるが、特に教授するとかTにいわれたような、引用方法の非公開性を示唆する点は何もなく、結局、引用方法は特定の者ではあるにせよ、競争相手である同業者に教え伝えられたものであり、教えられた者が第三者に対し引用方法に関する機密保持の義務を負わされていなかつたものと認められ、さらに、本件特許発明の方法が昆布の料理法ともいうべき食品製造工業の専門技術者でなくても容易に見聞して知得できる簡単な技法にすぎないこと、および本件審判被請求人であるHが、本件特許発明が公知かつ公用であるとして特許異義の申立(都合により取り下げられて特許された。)をした事実を併せ考えると、引用方法が、本件特許発明の出願前公然知られ、かつ、公然用いられていたものと認めることができ、したがつて、さきに認定したように、引用方法と実質上同等である本件特許発明は、新規性を欠くものといわなければならない。

以上のとおり、本件特許は、新規性を欠く発明に対して附与されたものであり、特許法施行法第二十五条第一項の規定によりなお効力を有する旧特許法(大正十年法律第九十六号)第五十七条第一項第一号に該当するので、これを無効とするを相当とする。<以下略>

理由

(争いのない事実)

一<略>

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二原告らは、本件審決は、その主張の点において認定解釈を誤り、ひいて、本件特許発明をもつて引用方法と実質的に同一であるとした点において判断を誤つたものである旨主張するが、その主張は、以下に説示するとおり、理由がないものといわざるをえない。

(一)  引用方法が本件特許出願前公知であつたかどうかについて

成立に争いのない甲第三号証の一(証人Mの尋問調書)、同号証の二(証人Nの尋問調書)、同第四号証(証人Yの尋問調書)、乙第十七号証の一、二(いずれも本件被告代表者Tの尋問調書)および被告代表者Tの尋問の結果ならびに同尋問の結果によりその成立を認めうべき乙第十四号証によれば、Tが代表者である被告会社は、本件特許発明の特許出願当時、被告会社工場において、引用方法とほぼ同様の方法により、乾燥塩昆布を製造し、「汐衣」という商品名で販売していた事実およびその製造に当たつては、とくにこれを秘匿するということもなかつた事実を認めうべく(もつとも、右製造販売の始期が必ずしも明確とはいえないが、少なくとも本件特許の出願当時、すでにその製造販売をしていたことは明らかであるから、本件においては、それ以上に、その始期の点に判断することをしない。)、<証拠排斥>。

しかして、引用方法が、その発明としての実質において、本件特許発明と同一のものとみるを相当とすることは、のちにも説示するとおり、両者の構成を対比することにより明らかであるから、本件特許発明は、その出願前すでに公然実施されていたものといわざるをえない。したがつて、この点に関する本件審決の判断に誤りがあるとすることはできない。

(二)  本件特許発明における「まぶし含浸乾燥」について

原告らは、本件特許発明は、低温乾燥後、さらに、「グルタミン酸ソーダ、塩化ナトリウム、繊維素グリコール酸ソーダの微粉末をまぶし含浸乾燥する」という加工手段を必須とするに対し、引用方法は、混合微粉末でまぶし含浸させるだけである点において、両者は相違する旨主張するが、本件の特許公報、とくに、その「発明の詳細なる説明」の項の「本発明は、……分離して低温にて乾燥し、之にグルタミン酸ソーダ……の混合微粉末をまぶし含浸乾燥することを特徴とする方法」である、「斯くした後、余分の調味液を分離して低温にて乾燥し、次にグルタミン酸ソーダ……の混合微粉末をまぶして含浸乾燥すれば味に一段の深みを増し光沢もよくなる」および「斯く処理したものを撰別し、グルタミン酸ソーダ六九〜七一%……の混合微粉末を、昆布四kgに対し四〇〇gの割合でまぶし含浸させ」る旨の記載に徴すれば、本件特許発明の特許請求の範囲にいう「……の微粉末をまぶし含浸乾燥する」とは、所定の工程を経た昆布に所定の微紛末をまぶし、これを含浸乾燥させるものであることを技術内容とするものであり、微粉末をまぶす工程以外に特に乾燥するための工程を必要とするものでないことを認めるに十分であるから、その限りにおいては、引用方法における「まぶし含浸」と格別の差異はなく、したがつて、本件審決の本件特許発明の要旨の解釈認定ならびにこれと引用方法との比較において誤りがあるものとする原告らの主張は理由がないものというほかはない。

(むすび)

三叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、理由がないものといわざるをえない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条ならびに民事訴訟法第八十九条および第九十三条第一項但書の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 武居二郎 秋吉稔弘)

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